production

プロダクションについて

th_PALO-ALTO-(1)

数年前、ロサンゼルスのとあるパーティで出逢ったジア・コッポラとジェームズ・フランコは、すぐにメールで連絡を取りあう仲になった。写真家として活動していた彼女はバード大学時代に撮っていた写真のことを話すと、すぐに見せて欲しいと頼んだフランコ。彼はその写真を見て気に入りロサンゼルスの小さなギャラリーに出品するように手配した。ユニークなジアのビジョンに感銘を受けたフランコは、自身の制作会社ラビット・バンディーニで進行中だった自らの書き下ろし短編小説集「パロアルト・ストーリーズ」の映画化をコッポラに持ちかけた。

「ここまで若者がリアルに描かれていて、私自身が気に入った小説には出逢ったことがなかった」と最初に読んだ印象について語るジア・コッポラ。小説はすでに2010年に出版され話題となっていた。さらにコッポラは語る。「さまざまな登場人物の1人1人がとてもリアルで誠実に胸に迫ってきて、若さ特有の繊細さ、脱力感、会話の軽妙さ、意味ない衝突や、愚かな間違いがとても見事に描かれていたの。」

フランコは、短編小説集の映画化に必要なのは、ティーン自身の視点から物語を語るだけでなく、ティーン特有の倦怠や興奮を交えて描く事だと考えていた。そんな感覚に近い<緊張>を強いるコッポラの写真を見て、フランコは閃きを感じた。「彼女の写真にはキッズを不思議な生き物のように見つめる視点がある」と語るフランコ。「クールだけど鮮やかなカメラワークは、叔母ソフィア・コッポラのスタイルにも通じるものがある。いたって普通の若者の世界に、夢の煌めきを与えることによって、その世界がより魅力的に見えてくるんだ。」

すでに監督としても実績のあるフランコだが、自身の小説の映画化を手がけることは考えていなかった。小説で描かれた世界をリアルに具体化するには、別のビジョンを持った新しい世代の才能が不可欠だと考えていたのだ。そこでコッポラに監督のオファーを申し出たところ、すぐに彼女は承諾し、2年にわたる製作がスタートした。

th_PALO-ALTO-(9)

映画化にあたり、フランコは小説集の中から、コッポラが気に入ったものをまず数編選ぶように提案した。群像劇としてまとめようと考えたコッポラは、いくつものストーリーが部分的に繋がったり、キャラクターが交差したりする小説集そのままの構成ではなく、幾つかのストーリーやキャラクターを1つのストーリーとして融合させる構成にしたいとを考えた。「短編集ではいろんなキャラクターが、別々のストーリーに出てきたりしたけれど、感覚的にフィットする気に入ったストーリーをまず選んだ」と語るコッポラ。最終的には三部作形式になっている短編「エイプリル」を中心にしつつ、「チャイナタウン」「ジャッコ」「ハロウィーン」「ターベイビー」に登場するキャラクターとストーリーを1つに融合させた。

脚本の初稿に着手する段階で、コッポラはストーリーのトーンとエモーションを重視するように心がけた。「とてもデリケートで好奇心旺盛だった時期を振り返るいいチャンスだと思った」とコッポラ。「若さ故の心の痛みや、自分の居場所を探し始める時の動揺、大人の世界には入り込めないのに、子供としては大人すぎるアンバランスさ、誰もが体験したことだと思う。」

再度小説を読み、中でも台詞やトーン、雰囲気が映画的と感じられた部分を念頭に置きながら、参考となる古い作品の研究を始めると同時に、キャスト集めにとりかかった。『ラストショー』、『アメリカングラフィティ』、『アウトサイダー』などを参考にしたと語るコッポラ。「主人公達の人生や悩みにすごく共感できる作品だった。それに作品のスローなペースも気に入ったの。若さの象徴のような時間の流れね。特に『ラストショー』にはとても感動した。映像だけでなく、役者達も輝いていたし、感情溢れる演技が素晴らしかった。それにあの虚無感ね。まったく何もない場所で、ただ色々やってみる以外には、何もすることがないあの虚無感がすごかった。」

さらに自分が気に入っている典型的な現代のティーンムービーも研究したというコッポラ。ただそれは今回の企画において、避けるべきポイントを勉強するためでもあった。「最近よくあるTVや映画の<ティーンもの>は、25歳ぐらいの俳優達がきれいにカッコ良く着飾って演じたものばかりで、リアルではないと感じていたの。だからこそ今回の企画では、本当に17歳前後の俳優を使って、まるで友人から借りてきたような普段着を着てもらって自然なリアルを求めた。モダンでかつ普遍性のある作品に仕上げたかった」と語るコッポラ。

小説の中から選ばれたエピソードとキャラクターで書き上げられた初稿を読んだフランコは、その完成度にすっかり魅せられた。「短編集はどちらかというとエピソードがばらばらに進行していく構成だったけれど、ジア(コッポラ)のアプローチは、全体の構成をはっきり1つのストーリーに集約させることだった。自分が監督したなら、短編集のままの構成で進めたと思うけれど、ジアの脚本には、感情の起伏や緊迫感があったので、彼女のアプローチの方が映画としては向いていると感じた」と語る。

脚本の完成後、フランコはまだ映画制作の経験がなかったコッポラに、リハーサルも兼ねてテスト撮影をするように薦める。そこでコッポラは試しに親友を主人公にキャスティングして40分程度のサンプル映像を撮り上げた。その映像のエネルギーとフィーリングにフランコは感銘を受けた。「監督としてどのような指示を出せばいいのか、彼女にはすごくいい練習になると思った。それに脚本がどう映像化されるかを見てみたかったんだ」と語るフランコ。「映像的な才能を彼女が持っているのはわかっていたけれど、現場ではスタッフを統率できなければならない。そういう意味でもテスト撮影は彼女にとっていい練習になったと思う。」

次のステップは撮影監督を選んで、現場の準備を進めることだった。そこでコッポラはかつて、オープニングセレモニーやダイアン・フォン・ファステンバーグのファッションビデオですでに仕事をしたことがあり、友人でもあったオータム・デゥラルドを選んだ。デゥラルドはリーバイスのキャンペーンで、名撮影監督だった故ハリス・サビデスとも組んだ経験を持っていた。サビデスが手がけたデイビッド・フィンチャー監督『ゾディアック』の大ファンだったコッポラとデゥラルドは、綿密な映像プランを構築。そしてキャスティングにとりかかった。

ハリウッドスタイルの大規模なキャスティングを実施して、何百人ものティーンのオーディションを行なったが、個性のない若い俳優達ばかりでフラストレーションを感じたと語るコッポラ。「たくさんのキッズに出逢ったけれど、誰も本当にティーンではないような気がしたの。彼らはすっかりオーディション慣れした俳優だった。」そこでコッポラは、最終的に友人達をキャスティングすることに決めた。

この作品で俳優デビューを飾るジャック・キルマーは、コッポラと同じ学校に通っていた。(※コッポラが6年生の時に、キルマーは幼稚園児だった。)その様な関係で、家族ぐるみの付き合いがあって、キルマーのことをよく知っていたのだ。「彼はサーフィンもできるし、絵を描くのが好きなの。すごくリアルな人だと思ってた。だからテディにもぴったりだった。有名な役者よりも遥かに面白い素材だと感じたの。それにハンサムだし、人を惹き付ける魅力が彼にはある」とコッポラ。

エマ・ロバーツはすでにコッポラと知り合いだった。ティーンではなかったが、ほとんど実年齢が10代の俳優陣の中で、違ったきらめきを作品にもたらすことができると考え、キャスティングを決めた。「エマはすでに10代を経験済みで背伸びをする必要がない。年齢よりも大人びた態度をとる普通のティーンとは少し違う経験をした彼女なら、エイプリルのキャラクターにぴったりだと思ったの。」

コッポラは、ナット・ウルフにニューヨークの友人を通じて出逢った。2人とも『ミーン・ストリート』に描かれる主人公2人の関係が、『パロアルト・ストーリー』のテディとフレッドの友情関係に似ていると意気投合した。その後、ロサンゼルスを訪れて、キルマーとのスクリーンテストに臨んだウルフ。すぐに仲良くなった2人は、撮影中、コッポラの母親のガレージに一緒に寝泊まりした。さらに、フランコ自身が生徒と関係を結んでしまうコーチ役に、主要キャストとして加わった。

ロサンゼルス郊外で30日間の撮影が始まる前に、コッポラはキャストを招集し、数日間に渡ってリハーサルを実施。普通のリハーサルではなく、ドリームジャーナル(それぞれがキャラクターとして見た夢を語り合う練習)や、即興、さらに脚本の読み合わせなどを行い、その様子を撮影監督デゥラルドがテスト代わりに撮影した。監督の狙い通り、打ち解ける時間を一緒に過ごしたキャストは、親密な関係を築くことができた。撮影監督デゥラルドは語る。「撮影の前にキャストと時間を過ごせたのはすごくよかったと思う。リラックスした状態で家族のように親密な時間を過ごせた事は、現場が始まってからも、とても大事だったと実感できた。だからこそ、俳優達も自然にベストの演技ができたと思う。」

コッポラは、画面上でのロマンスがよりリアルに見えるように、リハーサルではロバーツとキルマーがあまり親しくなりすぎないように注意を払った。キルマーは語る。「準備段階では一緒に時間を過ごさないようにした。ただ台詞を読み合う程度のリハーサルだった。撮影が始まるまで、エマがどんな性格なのかは知らなかったんだ。」

その代わり、コッポラはウルフにキルマーと親しくなるように指示を出した。2人の友情関係が画面でもよりリアルに伝わるようにするためだ。(実際に作品の中では、テディとフレッドの関係は親密だが危ういもので、テディがエイプリルに惹かれ始めると、フレッドは一気にバランスを失ってしまう。)すでに役者として経験を積んでいたウルフは、リハーサルや現場以外でもキルマーと一緒に時間を過ごし、お互いを同志と呼び合うほどの関係を築き上げた。ウルフは語る。「ジャック(キルマー)は演技経験もなくて、役者になりたいかどうかもまだわからなかった。だから台詞を読み合うだけではなくて、映画でもしているように、ただ一緒に時間を過ごしたりしたんだ。だから現場が始まると、まるで長い間、友達だったような錯覚に陥ったようだった。お互いにリラックスして演技ができた。現場の初日に撮ったテイクでは、2人で即興を始めたら、とてもリアルだった。いままで演じた中で、最も自然体でいれた。」

撮影やリハーサルが始まる以前から、かれこれ1年間もコッポラと準備を進めていたキルマーは、ウルフを先輩として信頼していた。キルマーは語る。「とても仲良くなった。ふざけているような場面があれば、48時間前に一緒にふざけていた時の様子を思い出すだけでよかった。同じテンションで演じるのは簡単だったよ。映画は初体験だったから、彼のような経験がある仲間ができたのはとてもラッキーだった。とてもインスパイアされたし、カメラの前で自由になれるように励ましてくれた。それはキャラクターの成長という面でも重要だった。」

短編集に登場する複数のキャラクターが投影されたエミリー役を演じたのはゾーイ・レビン。リハーサルでは出演者達と自身の高校での体験を何時間もかけて語り合った。自身の経験と、他の映画で観たキャラクターを融合させて、一言では説明できない複雑な役作りに挑んだ。「エミリーを軽い女として片付けてしまうのは簡単だと思う。でもとても繊細で、愛情を探して、人との繋がりを、セックスを通して必死で探している。彼女は愛情を探し求める寂しがり屋なの」と語るレビン。

さらに役作りの上で重要な役割を果たしたのは、ドリームジャーナル(夢日記)を綴り、キャストと分かち合ったこと、またコッポラ監督が作りだしたリラックスした雰囲気だったと語るレビン。「性の対象として女性を描くのは簡単だと思う。でも最も大切にしたかったのは、彼女の繊細さだった。そういう意味では非常に興味深いキャラクターと言えるわ。」

エマ・ロバーツにとって最大のチャレンジだったのは、子供でもなく大人でもない微妙なアンバランスさを表現することだった。「エイプリルは歳のわりには成熟していて周囲の友人達よりも賢い。楽しいことは好きなのに、パーティに行くのは好きじゃない。愛情を探しているのに、間違った場所で探してばかり。すごく内向的なキャラクターね。現場でもリハーサルでも彼女の経験を演じてみるのは楽しかった。それに彼女は自分がまだ若いということを解っていて、困惑したり間違いを犯すのも、悪いことじゃないと知っているの」と語るロバーツ。

コッポラ監督は青春時代を演出するにあたり、美術においてもベッドルームの細部までこだわった。ダイアン・フォン・ファステンバーグやエルチャイナのファッションビデオで美術を担当したサラ・ジェミーソンが参加。ティーンのインスタグラムやウェブサイト<ルーキー>などをリサーチするだけでなく、コッポラ自身の母親がそのまま残していた子供時代のベッドルーム(結果的にはエイプリルの寝室としてそのまま使用された)も訪れて、リサーチを重ねた。

エミリーとフレッドが気まずいセックスシーンを演じるエミリーのベッドルームでは、彼女がまだ12歳のままの幼稚な部分を強調するために、バービー人形やおもちゃの配置にこだわった。「彼女は15歳で、男の子を自分のベッドルームに呼んでいるのに、部屋には12歳のときのおもちゃがたくさんある。そんな不思議な緊張感を醸し出したかった。そういった細かいディテールも大事だと感じたの。ストーリーや台詞と同じぐらいにキャラクターの一部として重要な要素なの。その環境でキャラクターの多くを語ることができるから」とコッポラ。

サウンドトラックのスコアにも細かいこだわりをみせたコッポラ監督。ブラッドオレンジとして活躍するイギリス人の作曲家で作詞家でもあるデヴ・ハインズが、オリジナルの曲を提供した。ハインズの作曲センスに注目していたコッポラ監督がメールで連絡をとったところ、すでにコッポラが手がけたファッションビデオを観たことがあったハインズは、荒編集版をすぐに観ると快く承諾した。その映像世界に魅せられてしまったという彼は、何曲か作曲することを約束した。「彼のアプローチはとても興味深い。作曲する音楽を頭の中で映像としてみているの。私が撮った映像をみながら音楽が見えてくると言ってくれたのがとても嬉しかった。どんなムードやトーンを求めているかを説明したら、本能的に何がベストかをすぐに理解してくれた」と語るコッポラ。

th_jack_bench

美術や音楽へのこだわりをさらに鮮やかに彩ったのはオータム・デゥラルドの撮影だ。彼女自身のティーン時代の想い出を強く反映した色の使い方になったと語る。「高校時代の想い出といえば、季節の変化や太陽の動きが印象に残っている。夜に駐車場で仲間と時間を過ごしていたときに、霧がでてきた感じとか、学校から戻って来たときの家の暗い感じとか。短いスケジュールの中で、可能な限り、高校時代の記憶を光で表現しようと試みたの。」

もともと短編集は、はっきり指定された時代と場所で展開するストーリーだったが、テーマは普遍的であるべきだと考えていたフランコは、コッポラ監督のアプローチに満足した。「キャラクターやビジュアルはとてもうまくいったと思う。細部にこだわりながらも、大きなエモーションが息衝いている。そこにたくさんのフィーリングや意味を持たせることに成功した。ただのティーンドラマから、アートへと押し上げてくれる素晴らしいエネルギーを感じたよ」とフランコ。

フランコの短編集の映画化が、自身のデビュー作として誇れる結果となったコッポラ監督は、映画作りと青春時代の経験には多くの共通点があると語る。「映画作りはまるで謎解きのようなもので、初監督として現場に立つのは、まるでティーンのような気分だった。居心地が悪くて、焦って頭もまわらない。でも結果としてはジェームスが映画化を任せてくれて本当にラッキーだった。初監督として色々助けてくれただけでなく、自由に解釈して映画化することに理解を示してくれたから。」